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梶浦 明日香さん(後編)

Moderna- 29 February 2024

NHKのキャスターとしてさまざまな伝統工芸と職人を取材するにつれ、伝統工芸の行く末に危機感を抱いた梶浦明日香さん。自らが後継者となり伊勢根付を伝承するべく、キャスターを辞めて弟子入りすることに。また若手職人が辞めていく現状から『常若(とこわか)』『凛九(りんく)』といったグループを結成。若手職人が互いに刺激し合い、活躍できる場を作り、職人の技と魅力を発信する活動にも取り組んできました。

Asuka Kajiura Main image


伊勢根付の新しい可能性を模索

現在は「常若」や「凛九」といったグループでの活動で若手職人を盛り上げ、そうした情報の発信により職人を志す人材の獲得に繋げていますが、いずれ梶浦さんご自身が弟子をとることも考えているのでしょうか。

「今は師匠が弟子をとっているので、その人たちを応援して一緒にがんばろうっていう感じです。職人の世界って10年修行して、次の10年で自分の道を切り開いて、その後に弟子をとるっていう考え方。伊勢神宮の式年遷宮と同じで、20年周期で次の世代を育てるんです。私は14年目なので、まだ技術を磨いたり、自分ならではの色や世界観を作り上げたりする時期。その先には、弟子と並んで一緒に制作する日が来るのかもしれませんね」。

今はまだ職人としての個性を磨く期間とのことですが、すでに独自の作風があるようです。

「とんちが好きなので、作品にも取り入れたいと思っています。特に伊勢根付はお伊勢参りのお土産として喜ばれた物なので、伊勢根付の後継者として、これを持っているとありがたい、縁起がいい、という要素は入れたいですね。そのうえで私がモチーフにしているのは昔話。それもストーリーを変えた形でデザインしています。例えば『さるかに合戦』なら、かにが食べられる量なんてごはん数粒ぐらいだから、おにぎりも柿もみんなで分け合って食べればみんな幸せになれるのに、という考えをデザインにしています。また『かぐや姫』なら、子どもがすくすく育つようにという願いをデザインに反映し、すでに大きく伸びた竹ではなく、これから大きく育つ竹の子の中にかぐや姫を彫るんです」。

Shells
Shells 2

とんちなど梶浦さんならではのアイデアが光る作品の数々

昔話を独自に解釈し、根付として表現する作風は海外でも高く評価され、『DISCOVER THE ONE JAPANESE ART 2018 in LONDON』では大賞を受賞しています。

しかし彫りが難しい作品は手間も時間もかかり、当然値段も高価になるため販売が難しくなるもの。かといって比較的簡易なデザインで安価なものは技術的にも簡易なため、腕を磨くという意味では自身のためにはなりません。生計を立てることと、技術を磨くこと、2つを両立するため、ジレンマに悩むこともあると言います。

また男性職人と自身の性質の違いも実感しているそう。

「男性職人は技術を磨くことはもちろんですが、彫るための刃物や、刃物を研ぐ砥石まで研究する方が比較的多いように感じます。そういう興味や好奇心の強さは敵わないなって。だからこそ、私は使う人に寄り添うデザインとか、別のところでがんばらなきゃなって思います」。

Tools

根付を掘る道具は、これだけでなくこの5倍の数はあるそう

伊勢根付の職人として自身の在り方を模索している梶浦さん。最近では、陶器の根付にもチャレンジしているそうです。

「伊勢根付は伊勢神宮を守る山・朝熊ヶ岳(あさまがたけ)の黄楊(つげ)を使うという定義があるんですが、今は師匠の縁故で黄楊をいただいている状態。いつか素材が手に入らなくなることも想定しています。だから改めて根付を歴史的なところから検証して、どんな素材で作られていたか、どんな使われ方をしていたかといった情報を元に、根付の新しい可能性を見出したい、という挑戦をしています。そのひとつが陶器の根付ですね。煙草入れに使っていた根付の中には、灰を受けるために陶器で作られていたものもあったらしいんです。それに木の根付は削っていくという工程ですが、陶器は足していけるという、まったく違う考え方なのが面白くて。また木は節が出てくるとそれに合わせてデザインを変えないといけないこともありますが、陶器は基本的に狙った通りにデザインができる。一度焼いてみて、さらに釉薬を足して色味を変えていくこともできます。かと思えば塊から削り出していく手法もありますし、これまでの技術を生かした作り方もできます」。

Wood

根付の材料・朝熊ヶ岳の黄楊

陶芸の師匠に弟子入りして教えを乞い、すでに販売できるまでに腕を認められているそう。陶器は比較的安価にできるため、アクセサリー感覚のユーザーが増えることも期待でき、根付の門戸を広げるという意味でも可能性を感じさせてくれます。

歳を重ねるごとに魅力を増す師匠の作品への憧れ

現在専業で制作活動をしている伊勢根付の職人は、師匠である中川忠峰氏と梶浦さんのほかにあと1名だけ。兼業で活動している職人を含めても10名前後と非常に少ない状況です。そんな中で、伝統工芸の灯りを消してはならないと職人の世界に飛び込んだ梶浦さんの行動力には、改めて驚かされます。

それだけの強い意志を抱いているからこそ、従来の伝統工芸や職人の在り方と、自身の想いの間で悩むこともあったそうです。

「私が職人になってすごく悩んだのが、どこまで変えていいんだろうということ。伝統と革新のバランスですね。根付という物を変えてしまったら、伝統ではなくなってしまう。守るべきものを守ったうえで挑戦できることがなにかと考えたとき、『発信方法』だと思ったんです」。

職人には、自らを語ることは野暮だとする文化があるそう。しかし梶浦さんは、古くから確立してきた文化や固定観念を破らなければ、現代において伝統工芸や職人技の素晴らしさを伝えるのは困難であり、逆に現代だからこそツールを活用すれば個人レベルでも伝えることができると考えています。それが凛九のような活動に表れ、またグループでの活動以前からもSNSを販売手段として活用し、自ら積極的に発信するよう努めていました。

「実は師匠はインターネットを通じての販売をよく思っていません。実際に手にとって、握ってみて、その感覚を実感してお客様にとっての良し悪しを判断してもらわないと、根付のよさは伝わらないという考えがあるから」。

根付は何世代にもわたって使われるもの。年月を経て変色したりすり減った状態を“なれ”と言って、より価値を高める要素となります。そうした根付の特性から、中川氏は梶浦さんの販売手法に思うところもあるようです。

「でも師匠は、私がインターネットで販売すること自体には反対していません。自分はいいと思わないけど、やってみたいならやればいいと言ってくださるんです。そこが師匠のすごいところですね。ご自身の意見は伝えたうえで、挑戦はさせてくださる。懐の深い師匠にとても感謝しています」。

また“職人は一生成長”を作品で表現する中川氏を目標に、さらに技術を磨きたいとも話します。

「師匠は『経験を重ねると何がうまくなるかと言うと、ミスをミスじゃなくすることがうまくなる』とおっしゃるんです。例えば彫っていて節が出てきたら、それはマイナス要素でしかないんです。でももし花を彫っているなら、節の部分をてんとう虫にすると、それはそれで素晴らしい作品になる。マイナス要素も武器にするって、すごく大切なことなんだなって」。

デザインを邪魔する木目や節も、面白みに変えて取り入れる。その技術と何事にも動じない精神性が、より味のある作品を生み出すと言います。

「これがいい職人になるということなんだなと。そして人間の生き方もそうだなってすごく思うんです。ピンチやトラブルに遭っても、どう生かすかが大事なんだって。そこを常に意識しています」。

技術面だけでなく、考え方、捉え方も職人としての幅を広げる要素になる。さらに年齢も、伸びしろのひとつだと感じています。

「師匠の作品を見ていると思うんです。遠視などで目も見えづらくなり、技術的には難しいことも多くなるでしょう。それでも、歳を重ねた方がいい作品ができるって。持っていてホッとすると言うか、クスって笑えると言うか。歳を重ねたからこその味わい、うまみみたいなものってやっぱりある。いろいろ活動はしていますが、一職人として、師匠の歳になったときに師匠のような作品を作れるようになりたいです。ちゃんと自身を磨くことを疎かにしては、職人ではない。それには技術だけではなく、師匠のような精神性も必要でしょう。だからこそ日々修行なんです」。

優しさがあってこその“つよさ”

自身の技術を磨き、他の若手職人と一緒に活動を展開し、力強く我が道を切り開いている梶浦さんですが、梶浦さんにとって“つよさ”とは何でしょうか。

「優しさがないと、強くないと思うんです。黄楊って何百年も使い続けられるぐらい強い、丈夫な木なんですが、すごく粘りがあって優しい木でもあるんです。硬さだけ見れば石ほど強くないけど、弱さ、優しさがあるから脆くない。ほかの物とも調和する優しさがあってこその強さです。だから、黄楊の木のような“つよさ”があればいいなと思います」。

強くあるために、優しくありたい。凛九のメンバーに対しても、発信できる職人を育てる際も、粘り強く寄り添うことを心がけているとのこと。また職人の後継者の育成の面でも、梶浦さんの優しさと強さが反映されています。

「職人が増えるということは、ライバルが増えるということでもあります。でも伝統工芸の土壌を開拓しておけば、結果的には次世代にも私たちのためにもなるはず。ライバルを嫌がるのではなく、みんなが幸せになれる環境を準備して、職人になってよかったって思える人を増やしたいですね」。

梶浦さんの工房にはだるまが置かれていて、すでに片目が入れられています。どんな願いが込められているのでしょうか。

「日本には古くから物を大切に使い続ける文化がありました。根付の“なれ”のように使い込んで美しさを見出す感覚ですね。物を使い続けることで、自分ならではの味や個性を感じ、より大切にする。そういう文化をまた思い起こしてもらいたい。そして生活の中で伝統工芸を使いたいと思ってもらえるような、そんな社会になればいいなと思って活動を続けています。はっきりと達成できたことがわかるものではないので、片目を入れられるかどうかはわかりませんけどね。でもそれが私の目標です」。

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梶浦さんを傍らで見守る片目のだるま

モデルナが掲げる“マインドセット”の中に、「貪欲に学ぶ」「勇敢に方向転換する」「しきたりや習慣にとらわれない」「しなやかに行動する」という項目があります。職人の世界に飛び込み、師に学び、職人の慣例を破って自ら発信する梶浦さんは、まさにこれらのマインドセットを行動で表していると言えるでしょう。

職人の後継者問題がこの先どうなるのか、はっきりとした姿はまだまだ見えていません。しかし中川氏のもとには根付職人を志す人がたくさん訪れており、それは少なからず梶浦さんの行動が実を結んだのではないでしょうか。そして根付に対する想いや自らの活動、師匠への尊敬の念を楽しげに語る梶浦さんの姿がさらに多くの人の目に触れれば、職人の世界に魅力を見出し、志す若者がもっと増えるはず。そう予感させてくれるお話でした。

◆プロフィール

梶浦 明日香(かじうら あすか)

岐阜県出身

大学時代からアナウンサーとして活躍し、卒業後はNHKに入局。取材を通じて出会った伊勢根付職人・中川忠峰氏に弟子入りし、アナウンサーを辞めて職人となる。若手職人グループ『常若』『凛九』を通じて活動の場を広げ、国内外を問わず展示会やワークショップを開催。若手職人の育成にも力を注いでいる。

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