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白井 海斗さん(後編)

Moderna- 21 November 2023 

サッカーの夢を絶たれ、サッカーの縁に導かれた道へ<後編> 

先天性の心臓病を抱えながら幼少期からサッカーに打ち込み、プロサッカー選手をめざしていた白井さん。大学でも実績を積み重ねスカウトの目にも留まるほどの結果を残していましたが、日本サッカー協会の規定で病気を理由にプロへの道を断念することに。海外行きや恩師からの誘いなどの選択肢はありましたが、一般企業への入社を目指す決断をしました。 

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就職先は、恩返しと自己実現ができる会社

 プロにはなれないと通告を受けたのは3月末。4月になると周囲では就職活動が本格化し始め、一般企業への就職を決めた白井さんも活動を始めました。しかし「やらなければいけない」という意思はあるものの、初めから精力的に動けていたわけではなかったそう。すべてをサッカーに注ぎ込んでいた人生が急に転換してしまったことを思えば、なかなか目標を見つけられず戸惑うのも仕方のないことです。

 「大学サッカーの縁でいろんなエージェント(※)とお会いする機会に恵まれました。そんな中で順天堂大学の4つ上の先輩で、今在籍しているMaenomeryのエージェントと出会い、やっと進路に対する考え方を固めることができました。当時はサッカー以外にやりたいことはまったくありませんでしたが、やりたいことではなく「自分ができることは何なのか」を考えるよう教えていただいたんです。そこから「どんな大人になりたいか」という話におよび、それをきっかけに自分の中でスムーズに就活に取り組めるようになりました」

 ※エージェント:就職支援サービス会社の利用者にサービスを提供したりアドバイスしたりする担当者

 株式会社Maenomeryは体育会系学生などの就職支援をする会社で、サッカーを中心にさまざまなスポーツ経験者がエージェントとして働いています。元アスリートの心情に寄り添いながら社会に至る道をアシストするプロフェッショナルなだけに、白井さんも多くの気づきを得ることができたようです。まったく想像できていなかった社会人としてのセルフイメージをおぼろげながら描けたことで、就職活動の軸が固まりました。

 また白井さんは就職活動を振り返って、自分について話すことと、人の話を聞くことが大切だと気づいたそうです。

 「サッカー以外にやりたいことがない人間だったので、それ以外は自分自身を理解できておらず、自己PRもできませんでした。いろんなエージェントや先輩の意見、体験談を聞いて、こうなりたいという姿が見えたり、モデルケースに出会うことで材料が揃ったというか、固まってきたのです」

 自分について話せるようになるために、人の話を聞くことが必要。そう気づいたおかげで間もなくある企業から内定をもらい、就職活動を終えることとなります。その後は悔いを残さずサッカー人生を終えるため、リーグ戦に集中する毎日を送っていました。

 シーズン終了が間近となった10月、再び転機となるできごとがありました。白井さんの病気のことについて書かれた記事を読んだMaenomeryの社員に誘われ、食事をすることになったのです。その方は白井さんが高校1年生で全国高校サッカー選手権大会静岡予選に出場し、決勝ゴールを決めたときの対戦校の3年生だった方。SNSをフォローし合っていたことから連絡をくださったそうです。

 「初めはサッカーを辞めることについて話していましたが、改めて自分の過去や今後のことも掘り下げて聞いてくださって、その中で両親に恩返しがしたいという話になりました」

 白井さんがプロを諦めることを伝えたとき、ご両親に謝られたそう。恐らく病気のある体に生んでしまってという意味ですが、「誰も悪くないのになんで謝られたんだろう」と思ったと言います。このことから、逆に感謝の気持ちを伝えたい、恩返しがしたいという思いが芽生えたようです。

「でも恩返しと言ってもいろんな形がありますよね。うちは祖父や祖母も含め家族みんなで試合を見に来るぐらい、応援してくれてたんです。だからサッカーをしている姿を見せられなくなるのが寂しいという思いが強くあって。なら目標を持って楽しく仕事をしている様子を見せたい、それが恩返しになるんじゃないかという考えに至りました。そしてそれが叶えられるのがMaenomery だと。親身になって話を聞いてくださり、プロ意識を持って働くカッコいいエージェントに、ぼくもなりたいと思ったんです」

Maenomeryは当時、新卒採用をしていませんでしたが、白井さんは内定をいただいていた会社には丁寧にお断りし、直談判して入社を志望。その熱意が通じ、晴れて入社が決まりました。

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晴れてMaenomeryの一員に!

社会人となった白井さんですが、働き始めてから自身の強みが何かと悩む時期があったそうです。 

 「サッカーに対しては自分なりに向き合い努力してきましたが、もっと努力を重ねてきた人は沢山いますし、比較するとそれほどでもないと思っているんです。ぼくはどちらかと言うとチャンスを引き寄せる運と、チャンスをものにして結果を残せることが強みだと思っていました。でもそれって再現性がないですよね。だから自分の強みは何かと言うと、コミュニケーション能力や親しみやすいとか、よく聞くような薄いものしか挙げられなかったんです。しかもそれも中途半端で、上司の会話を聞いていると自分のコミュニケーション能力なんてふざけ半分の会話でしかなかった。会話の本質をつかめてないし、相手の意図に応えられていないなって。それにサッカーではなんとかなっていた部分も、社会人になってからはそんなに簡単にはうまくいかないですし、自分には強みがないと痛感させられました」 

 強みがなければ自信を持つことも難しいはず。社会人になりたての白井さんにとって、自信というよりどころがない不安は小さくなかったでしょう。その不安を払拭してくれたのは上司でした。 

 「『白井は目の前のことに一生懸命取り組むところが強みだよね』と言ってくださって。初めはピンときていなかったんですが、少しずつ仕事に結果が伴うようになって、自分が今までしてきたことを振り返ると、確かに分からないなりに一生懸命取り組んできたなと自覚できて。それが自分の強みだと気づかせてもらいました」 

 仕事に取り組む姿勢については、入社前から心に決めていたことがあるそうです。 

 「大学ではサッカー優先でそこまで熱心に勉強していたわけではないし、就活に際して熱心にインターンシップにエントリーしていたかというそうでもない。なら社会人として一生懸命やるのは当たり前、というスタンスは入社前から考えていました」 

 一般社会に出ることを前提としていなかったこれまでを自覚し、せめて社名と同じく前のめりでありたい。その姿勢を上司から評価され、「社会人になれている」という自信にもつながったそうです。 

 「Maenomeryは元アスリートが社員の大多数を占めていますが、数年前まではぼくと同じくスポーツ中心の生活だったのに、ステージを変えてカッコよく働いている先輩ばかりです。今の自分との差を感じる一方、数年後にこうなるにはどうしないといけないんだろう、頑張らなきゃなと思いますね」 

 スポーツを諦めざるを得ないという自分と同じ状況を経験した先輩ばかりだからこそ、学ぶことも多いということでしょう。 

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休日には会社の仲間たちとフットサルを楽しむこともあるそう

悔いはなし。今のステージで活躍したい

 社会人として2年目を迎え、仕事のやりがいも増えてきたと話す白井さん。

「ぼくにも後輩ができて、ありがたいことにリーダーとして人を管理する立場を任せていただけるようになりました。マネジメント能力はゼロから伸ばしてかないといけない分野なので、また悩んでるところです(笑)。でもチャレンジさせてもらえる雰囲気の会社なので、楽しく取り組んでいます」

 新しいポジションを与えられ、目前の仕事に励んでいるようです。これからもステップアップを繰り返すこととは思いますが、目標はあるのでしょうか。

 「正直いまのところは10年、20年単位の明確な長期目標はないです。ぼくは短期目標を立てて、それを達成できたらまた新しい目標ができるものだと思っています。達成を繰り返してできることが増えてきたときに、会社の中でなりたいポジションとか、会社の成長のためにこういうふうに貢献したいとかが見えてくるんじゃないでしょうか」

 最初から望んでいた道ではなかったけれど、結果として白井さんが成長し、輝ける場所にたどり着いたようです。

 「サッカーの道が絶たれてよかったとは思わないですが、新卒のタイミングで社会人として踏み出すことができたのはよかったですね。今はもうプロサッカー選手になれなかったことに後悔はまったくないです。プロになったチームメイトもいますが、妬みとかも本当にゼロで、4年間一緒に同じ目標をめざした仲間がプロになってくれたのは率直に嬉しい。彼らにはさらに飛躍してほしいし、ぼくはこっちのステージでがんばろうと思います」。

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いきいきと仕事をする白井さん

いずれ元チームメイトもプロとしてのキャリアを終えるときが来たら、白井さんの力添えを必要とするかもしれません。 

 「そうなったら一番きれいな流れですね(笑)。ぼくの仕事でやりがいを感じる場面はいっぱいありますが、それが叶えられたときにまたひとつやりがいが増えるのかな。彼らには長く現役を続けてほしいですから、『できるだけお世話にならないでくれよ』とは言っていますが、サッカーも厳しい世界なので、困ったときに自分が助けてあげられる存在になっていたら嬉しいですね」 

 白井さんの仕事は、人の人生を左右する大事な局面を支える役割を担っています。そんな仕事をとおして、他者に尽くすということに関して思いが芽生えたようです。 

 「ぼくと同じような経験をした人や、同じ境遇じゃなくても進路に困っている人たちのために、少しでも選択肢を広げてあげたい。ぼく自身がサポートしてもらったからこそ、そのありがたさは実感しています。 

 あくまで仕事は自分の生活のためにするものですが、自分のために仕事をがんばっていても結果的に他人のためになるのかなと、働き始めてから思うようになりました。就職支援に限らず、社内でも自分が教えられたことや身につけたことを教えて、それが新人のためになったりする。そうやってつながっていくものなのかなって」 

 社会の中で暮らす以上、他者とのつながりがあり、自分が一生懸命に取り組んだことが他者のためになることもある。だからこそ白井さんは「自分のため、というのも大切にしてほしい」と話します。それはサッカーに一生懸命向き合い、サッカーが縁となって新しいステージ立てた白井さんだからこそ、言葉にできる優しさなのかもしれません。 

◆プロフィール 

白井 海斗(しらい かいと) 

神奈川県出身 

先天性の指定難病「エプスタイン病」を患いながら、幼少期からサッカーに打ち込む。プロサッカー選手を目指し高校・大学とサッカー部で実績を挙げるも、日本サッカー協会の規定のためプロを断念。2022(令和4)年より、体育会系学生の就職活動やプロアスリートのセカンドキャリアを支援する株式会社Maenomeryに勤める。